車を『奥村土牛記念美術館』に停めたまま(許可を得てます)歩いて『黒澤酒造』へ。
途中の『蔵』は『醸造所』として使われていたそう。『黒澤醸造』の跡です。
なんて『昭和レトロ』を感じる通りだろう。
歩くのが楽しいですから是非とも散策して下さい。

『黒澤酒造・酒の資料館』 受付等が見当たりませんでしたので並びの建物で出荷作業している人に確認しますと、有難い事に「無料です、ご自由にどうぞ」ですと。(誰が何といっても、文末には句読点を使います)
時代劇などに見る店先の『日除け暖簾』とか『店頭幕』と呼ばれる布が良い味出しています。
本来は『看板』であると同時に、店に差し込む太陽光を遮り、商品を『日焼け』から守ったり、ガラス戸の無い時代の『風よけ』や『埃よけ』に用いられました。
もう一つは『顧客のプライバシー保護』の為の目隠しの意味合いもあったそうです。
『高知・はりまや橋』の小間物屋さんに『日除け暖簾』が在ったなら 、坊さんが『簪』買う処を見られずに済んだのに……。(それじゃ『よさこい節』が生まれなかったってか)

暖簾をくぐると『井筒長』の『一斗樽(陶器)』 (これ家にも在るもんね)が置かれていました。木製の樽は『アルコールの抜ける(気化)』のが早いし、木が水分を吸収しちゃう。樽に入れて直ぐに飲み切るなら『木製樽』でも十分足りるそうです。
『陶器製の樽』は『料亭』や『角打ち』などの酒屋に置かれ、『木栓』を捻ると『キュ~ッ』と良い音がするんです。それを『桝』に受けて『キュ~ッ』と飲み干す。(たまらんなぁ)
個人で『酒』を消費する為のモノじゃ無いですから家では『貯金箱』になっています。(これも貯まらん)

『井筒』とは『井戸』の地表部分の『木枠』や『石組』などを言います。
正にこれが『井筒』です。
『筒井筒』という表現が在り、井戸の周りで男の子も女の子も混じって遊んでいた。段々と成長するにつれ疎遠になってしまうのだが、大人となり、ひょんな事がきっかけで昔の仲良かった相手が気になりだしやがては夫婦となる。『伊勢物語?』(正直、古文が大っ嫌いでした)
よく見ると軒下に『鶴瓶車』が設えて在ります。
石の枠組みの上には『手押しポンプ』が見えます。
これ経験したい人『ぴんころ地蔵』の脇に春~秋迄設置されます。(冬期は凍結損壊を防ぐために撤去)
尤も『電動揚水ポンプ』が開発されたら全て過去の遺産です。

かなり古い『消防ポンプ車』も置かれていました。
『消防署・消防団』が復旧する以前は『自警団』として大きな商店や工場などが自前で『消火器具』を持っていました。
『消火器』が無い時代には此れが最高級の消火対策でした。(尤もこれはエンジンポンプ)
『野沢・伴野酒造』さんには『手押し式の消火ポンプ』が店頭に置かれています。
車を引き廻す『取手』の上に置かれた『防火頭巾』が時代劇を思い出させます。
『赤穂浪士』討ち入りの時、『大石倉之助』が被っているのも『防火頭巾』です。
『赤穂藩』を脱藩し(責任を藩に取らせない為)『浪人』(主君に使えない=給料を貰えない)となってからは自活の為、その多くは『火消人足』として江戸の町に身を隠しました。
武士だった者が在る者は『蕎麦屋』『居酒屋』などに身をやつし、『吉良上野介邸』の『絵図面』などの情報を集めたのは全て『仇討ち』の為。
『一打ち・二打ち・三流し』と呼ばれる『山縣陣太鼓』と共に『火消装束』を身に纏った『赤穂四十七士』が吉良邸の門を破壊し突入します。
この『破壊道具』こそが当時の『消火活動=破壊消火』に使われた『大槌』や『鉞・まさかり』『大鋸・のこぎり』などで、『梯子』や『鳶口』も携えていたそうです。
詳しくは『映画・赤穂浪士』を観る事をお勧めします。
毎年12月にこの映画を見ると『賃餅=超繁忙期』が始まります。